ワタクシ的茶碗三杯・アラカルト

食と心のつながりについて描く、イラストエッセイBLOG

こんな記事がありました。

●メールに頼りすぎて会話力が落ちてない?(All Aboutストレスガイド)

メールは確かに便利だけど、時と場合によりますよね…。

最近は仕事発注もメールが圧倒的に多く、依頼人の顔はおろか
声も判らないなんてことも珍しくなくなりました。
以前は打ち合わせに出向いて、仕事の話ついでに雑談するのが
楽しみでもありましたが、最近はそういう機会も減ったように
思います。家族との会話も、もっぱらメールが中心です。
全員がバラバラの場所に住み、生活時間帯もズレているので
仕方がないといえば仕方がないのですが。

個人的に、メールは「手紙」の延長線上にあるツールだと
思っています。

ワタシは昔から手紙が好きで、よく書いていました。
送る相手をイメージして便箋や封筒を選んだり、季節のポスト
カードや土産物を同封したり、筆跡から相手をあれこれ推測
するのも楽しかった。面と向かって言えないような言葉も、
手紙なら書けることも多かったですね。
書きながら、自分の思考を整理させていく作業が好きでした。
ちなみに、ワタシの文通相手はかれこれ15年以上ものお付き合いに
なりますが、今でもこうやって何かしらの言葉を書き続けられるのは、
文通という土台があったからではないかと思っています。

でも、メールはそういう「ゆとり」が少ないように思います。
たとえば、自分が「パッ」と思いついた時にメールを送れる
気軽さはあれど、その回数が多くなれば、必然的に量も膨大に
なってしまいます。
いくら相手が都合の良い時に受信が出来ても、多忙であれば
あるほど、膨大なメールが雪だるまのごとく膨らみ、かえって
メールでの連絡が取りにくくなってしまうことも…。

また、細部まで正確に書かないと相手に内容が伝わりにくいですし、
相手の顔も声もニュアンスも筆跡も判らないだけに、言葉だけが
独り歩きして誤解したり、されたりすることも多々ありました。

メールで質問されると、相手の電話番号など分からない場合、
やはりメールで返信することになりますが、あれこれ調べながらと
なるとそれなりに時間もかかるし、大変です。
相手が自分の質問を受けることによって、どれだけの労力や
時間的制限を背負うかに気付かずに、自分で調べることもせずに
とりあえずメールで聞いてみよう、というのは、ともすれば
自分もやってしまいがちだけに相手に失礼なのだ、と気付きました。

ワタシは最近、今後もお付き合いさせて戴きたいと思う相手とは
メールだけでなく、直接お会いさせて戴くことを大事にしています。
それもお酒の席ではなく、出来るだけ素の状態で。
ワタシは会話下手ゆえ、早口で聞き取りずらいし、話題もそんなに
多くはありません。でも、言葉はたどたどしくても自分の気持ちを
伝えたいなと思っています。
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